部屋旅行

風はビンビンに冷たいものの朝から陽射しがあり、部屋に居ればポカポカ、アッタカだった。

週末に行われた大学入学共通テストは、震源地の石川や液状化の被害が意外と大きかったここ新潟でも雪による混乱もなく、無事終了したようだ。昨日・今日と朝刊に問題と解答が掲載された。4~5年前までなら、日本史、現代国語など興味本位に問題を眺めては解答と見比べていたが、近頃は載ってる字が細かすぎ全然読めなくなってしまった。まだ縫い針に糸を通せるから優秀と思っていたが、もうダメである。

今日は1月15日、ちょっと前ならこの日が「成人の日」の祝日だった。54年前になるが、ワタシの「成人の日」は長野の蓼科湖の民宿で迎えた。1970年は前年吹き荒れた大学紛争がようやく落ち着き通常授業が戻りつつあったころである。当時は大学2年生で構内にあった学生寮で生活しており、年明けの1~2月にかけて「部屋旅行」なるものが行われていた。毎月500円(だったと思うが?)を積み立てて、春卒業する4年生の「追い出し」を名目に部屋の学生全員参加する一泊二日の親睦旅行である。貧乏旅行だから往復とも鈍行の夜行列車を利用し、10時間近く乘ってやっと目的地に到着。酒やつまみは勿論持ち込みで部屋に入るやいなや飲み始め、安い民宿の狭い部屋で雑魚寝する。この年は蓼科湖の天然氷のリンクでスケートがメインだった。

懐かしい部屋旅行、確か一年の時は前年卒業し中学の先生をやってた先輩の下宿先だった長野・茅野市、3年の時は越後湯沢の温泉宿だった。4年生の時は、12~3月に4か月間の乗船実習があって参加できなかったか、やらなかったのか記憶が定かでない。「昭和は遠くなりにけり」のノスタルジアである、、、