2,015春 山陰・九州の旅(九〜十日目)

5月13日
台風一過と思いきや。そんなにすっきりした青空は広がってない。でも昨日とは雲泥の差で雨の心配は全くなさそうだ。福岡の同じホテルで三連ちゃんめの朝バイキング、宿代が上がった分をバイキングで取り戻そうとしたが所詮無理だった。
8時前に福岡のホテルを出発。都市高速から九州自動車道長崎自動車道と走り、約1時間半で最初の目的地「蕨野の棚田」に到着。ここは旅番組で何回も見たところであるが、存外小規模で少々拍子抜け。石垣の高さも思いの外低かった。
蕨野からまっすぐ北上し、3〜40分で「虹の松原」に到着。ここは三保、気比と並ぶ三大松原である。さすがの規模ではあるが、駐車場が少なく看板も目立たなかったので駐輪して浜辺に出ることが出来ず残念だった。
2kmほど離れた唐津城に行く。大きな駐車場があったが「バイクお断り」とある。ではどこに停めりゃいいんだと思っても係員が居ない。カネさえ払えば文句ねえだろうと駐輪する。さらに折角エッチラオッチラ天守閣まで上がったと思ったらナント工事中でがっかり。容姿とは裏腹に気分を害する城だったが、虹の松原を遠望できたので良かったと思う。
唐津城から北上して半島の突端呼子へ行き、名物河太郎の「活きいか定食2700円」を食べる。開店の20分前に着いたのだが11番目、あとからあとから客が来る。ゲソは天ぷらにしてくれて味はよいのだが、10年近く前に食べた時よりイカは小さく値段が倍近くになっていたのは残念だった。
呼子から5分ほどで「名護屋城址」に到着。秀吉の朝鮮出兵の拠点で、わずか5ヶ月で築城したとのことだがかなりの規模である。ここに錚々たる戦国スターが集い、20万人もの兵士がいたというから驚きだ。
通り道の伊万里市にある歴史民俗資料館に行くが、ここは公民館の一角にある小規模な展示物だけで、正直ガッカリ。やはり焼き物は有田に行かないとダメなようである。
時間もちょっと早かったので予定を早め、平戸大橋生月大橋を渡り「塩俵の断崖」を観に行く。いろんなところで柱状節理の景色は見ているが、これほど真っ直ぐで高さのあるのは初めてだ。実に見事な景色だった。
五時を少し回ってこの日の宿である平戸の民宿に到着。「網元の宿」というだけあっって魚が次々と出てきた。ネットはおろかモバイルルーターも圏外だったのは残念だったが、二食付き7千円では贅沢は言えまい。

5月14日
ついに来るべき時が来た。バイクとともにずっと一緒だったナビがついにイカレテしまった。まだまだ九州ツーリングは半分も消化していないというのにどうしよう。これからコースの変更も考えなければならない。とりあえず一日一日を大事に、慎重に走ろうと思う。
7時半、民宿を出発し長崎に向かう。昨日は通り過ごした「平戸城」「平戸オランダ商館」の写真を撮る。

平戸大橋を渡って直ぐ「田平天主堂」の看板を見つけたので寄ってみた。まだ8時なので人影もなく荘厳な雰囲気が流れている。
その後海岸線で出たり山の中を走ったりを繰り返す。途中「長串山公園」の看板をみつけ立ち寄ってみた。展望台からは九十九島を眺望するが、視野の広さはちょっと小さいかな。
佐世保の街に入り「弓張台展望所」に上る。急坂どこまで続くんだろうと不安を抱えながらドンドン登るとやっと展望所が見えてきた。ここからは正平さんも見た景色で実に壮観だ。ちょっとどんよりした天気が残念だった。
この先がまた大変な思いをする。西海市の西側海岸線に出るつもりだったが、どういうわけか一時間ほど山の中を走り回ってしまい、ナビがない不便さを通関する。この日は野母崎まで行って長崎市内まで戻るつもりだったが、空模様もちょっと心配になったので早めに宿に入ることにした。
夜は横浜で一緒に働いたS君一家と長崎市内でイッパイやる。普通の刺し身のほか、鯨の色々な部位の料理をごちそうになった。
ナビについては、佐世保、長崎、熊本、鹿児島のハーレーショップに電話したがいずれも在庫はおいてないとのこと。純正品以外の製品も調べてもらったがやっぱりない。とりあえず明日は雲仙経由、島原からはフェリーで熊本に早めに入り、今後の対策を練るつもりだ。