あれから55年

今日の天気予報は「暴風雨」。確かに午前中は風が強かったものの雨は大したことなく、その風も午後になって急に弱まった。夕方、三条などに大雨警報が出たようだが、ここは何もなく静かなもんだった。

昼過ぎ、携帯に緊急警報の例のメロディーが、、、。何事かと思って手に取ると「今日は1964年に新潟地震があった日」と災害に対する注意喚起の文章が載っていた。

昭和39(1964)年6月16日、真夏のような暑い日だった。中学三年生で給食を食べ終わろうとしてた13時過ぎ、グラグラときた。みんな机をしっかりつかみながら揺れが収まるのを待っていたが、廊下に出た先生がグランドに集合しかけている他クラスの様子を見て「グランドに出て、H川のところに集合」と私を名指しする。それからワイワイ、キャーキャー、バタバタと三階の教室からグランドへ急ぐが、その間も結構大きな揺れを感じたことを覚えている。足の遅い私のこと、先に下りて集まっているみんなのもとに私がやっと追いついたのが現状だ。

幸い家族にケガもなく家も無事。しかし電気、ガス、水道が止まったため、夜はロウソク生活で早めに寝たし、水は鍋・釜持って毎日給水車に並び、七輪でご飯を炊いてオカズは缶詰だけの生活が何日か続いたが、今考えれば、地震後としては恵まれた環境だったように思う。

あれから55年。紅顔可憐だった少年も、トシを重ねてもうすぐ古稀を迎える。そして地震のあった年にあった東京五輪が、来年再び開催される。でも地震だけは繰り返してほしくないよなあ、、、