北海道地震のこと

今日は16日。未明の厚岸町でアラームが鳴ったあと揺れを感じたが、大したことなくそのまままた寝入った。06時、町のスピーカーから「全道内停電のため、学校は臨時休校」と放送があり、初めて事の重大さに気づいた。もう、あれから十日が経ったんだ。
震源地の厚真町の大規模な山崩れ、札幌市内の混乱などネットでは読んでいたが、TVをみてないからその規模は全然知らなかった。9日になって抜海町の宿で厚真町のむき出しになった山肌の写真を新聞を見て、ぞっとした次第だ。停電については、6日、7日の二日間だけ食事処やGSの休業で影響を受けたが、道北へ行った8日からは平常通りの行動が可能だった。
停電の混乱の中で一番感じたのは、カードが使えないことによる「現金」の大切さだ。普段のツーリングなら、ガソリンはカード、宿代はオンライン決済なので現金はあまり持たないようにしている。今回のツーリングでは、カードが使えないとほ宿と決めていたので現金は余計目に持ち歩いていたのでホントに助かった。でも宿代のことを考えたら、停電があと4日も続いたらピンチだったろうな。
停電の回復には地域で大きな差があった。十勝の大樹町では7日の夜にようやく点いたらしい。同じ十勝の鹿追では6日深夜、名寄も6日深夜、稚内の抜海町は7日朝、だったらしい。えっ、と思ったのは占冠村。今回走った中ではもっとも震源地に近いのだが、揺れも棚からモノが落ちることもなく、ナント発生から4時間後の6日朝7時には電気が通じてGSもコンビニも平常通りだったとか。話を聞く中でみなさんが「前日の台風通過と一緒でなくて良かった」と言っていたことが印象的だった。
地震のあった6日の夜はどこも好天だったらしく、新月近いうえ停電で街の灯もない真っ暗闇で星がきれいだったとか。笑ったのは、名寄の天文台の職員が「最高の観測条件だったのに、停電でドームの屋根も開かず、コンピューター制御で電動の望遠鏡も動かせず悔しかった」と言っていたことだ。
何はともあれ、被害のあったところの一日も早い復旧を願うばかりだ。